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『日露戦争と日本人』

2009年5月」20日発刊
かんき出版
【内容】
19世紀、イギリスと帝政ロシアが覇を競っていた。
ロシアと国境を接するドイツは、ロシア軍をアジアに向かわせようと考えた。
日露戦争の要因は、イギリスとドイツが日本にロシアとの代理戦争を唆したことである。

『日露戦争と日本人』

2016年4月2日講演 (近現代史を学ぶ会主催)

1.幕末期に友好を保った日本とロシア

04:48~
1.プチャーチンと川路聖謨。北方四島と日露和親条約
07:23~ プチャーチン海軍中将は洗練された紳士で社交家。
 威圧的なアメリカのペリー提督とは別系統。
09:46~
2.徳川幕府親露派―橋本左内の日露同盟論・江川太郎左衛門

11:50~ 日露和親条約(1854年)
 ・北方四島は日本の領土と確定している(最近の教科書には記述がない)。
13:01~ ・第五条 阿片のごとき有害な物質の貿易を禁ずる。(イギリスに対する牽制)

17:51~
3.ディアナ号沈没とヘダ号建造
日露和親条約締結交渉のロシア使節プチャーチンの乗艦ディアナ号は、安政大地震のため伊豆下田で沈没。乗員500人を漁民総出で救出した。
プチャーチンは幕府の許可を得て戸田港で帰国のための代船「ヘダ号」を建造。代官江川太郎左衛門は本格的な洋式帆船の建造技術を習得する絶好のチャンスと協力した。
20:10~
4.ポシェット中佐のシベリア鉄道建設計画
プチャーチン艦隊の副官だったポシェット中佐は、のちに交通大臣になりシベリア鉄道の建設を計画。イギリスから船で中国まで40日かかるが鉄道なら20日に短縮できる。
24:20~ シベリア鉄道の意味は、ロシア皇帝の立場で地図を逆に見るとよく判る。鉄道によるフランスと日本の交易が盛んになれば、自動的に交通費収入が入る。

26:40~
5.フランスは親露。フランスは親日。
  幕府は親フランス。幕府は全方位外交
ロシアはフランスへ輸出する黒テンなどの毛皮採取のため東進した。
日本の生糸は、ヨーロッパで絹織物工業の原料として需要が多かった。
フランスからは幕府陸軍の養成指導が行われた

・慶応2年、仏人教官の指導により大坂城内で小銃を携えた軍団の調練。
・横須賀造船所の建設

2.明治維新で新政府は親英へ傾斜

1:45
6.明治政府は明治20年頃から親イギリスに傾斜・・・恐露感情(おそロシヤ)が発
幕府は全方位外交だったが、明治政府は外務大臣青木周蔵からイギリスに傾斜した。
3:21
7.大津事件―イギリス人の洗脳―青木周蔵外相の食言―日露冷却化
明治24年、ロシア皇太子(のちのニコライⅡ世)に警備中の津田三蔵巡査が切り付けた大津事件は、イギリス寄りの日本の各新聞が皇太子の来日目的は軍偵察であると報じ「恐露」感情を煽った結果。 日露友好のための皇太子来日だったが、関係は冷却化していく。

8:26
8.ロバノフ外相の日露同盟論。ロシア海軍の親日姿勢
日清戦争(明治27年7月~28年3月)の戦後処理について、ロバノフ外相は皇帝ニコライⅡ世にロシアの最大の敵イギリスに対抗するための日露同盟を提案。
9:11 「イギリスの現在の敵であるロシアと、早晩敵となるであろう日本は同盟を結ぶべき」
10:24 ロシア海軍は当時は親日。ロシア艦隊は冬の間凍結するウラジオストック港の代わりに長崎県稲佐を滞在し船の修理した。
11:54 ロシア海軍機関誌『クロンシュタット』の記事(明治32年): シベリア鉄道の完成により、フランス・ロシア・日本の日本の貿易が盛んになればウラジオストックは大いに発展する(ポシェット構想)

12:50
9.三国干渉―ドイツ皇帝ヴィルヘルム二世の暗躍―日本はロシアを恨む
明治28年4月、ロシア、ドイツ、フランスが「日本は遼東半島を清国に返還すべき」と勧告。
14:25 ドイツのマルシャル外相がロシアの外交官を口車に乗せて三国干渉を唆す。「黄色人種の日本が力をつけるのは危険だ」
16:32 ドイツとロシアの国境は火薬庫
17:58 ロシア陸軍が50個師団、ドイツ・オーストラリア軍約50個師団が張り付いていた
19:13 ドイツ皇帝ヴィルヘルムⅡ世の最大の願いは、ロシア陸軍を東に向かわせること
19:40 ドイツ皇帝はロシア皇帝に軍隊を満州へ向かうようけしかける
20:07 できれば、日本とロシアが戦争になってほしい
20:37 日本はロシアに屈するのではなく、死に物狂いでロシア戦って共倒れになってほしい
23:09 ドイツが日本に派遣したメッケル少佐は、日本陸軍大学で指導、煽る
24:22 メッケル少佐のやり方は「 精神力の協調、宗教的な洗脳」

3.日露開戦
 
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