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『明治維新の正体―
徳川慶喜の魁(さきがけ)、西郷隆盛のテロ

2017年3月21日発刊

出版社: 毎日ワンズ

 

 

 『開国の真実』(2004年刊)から13年。

当時は司馬史観の ”近代国家を目指す維新の志士”

の活劇物語で明治維新が語られていた。

しかし歴史の見方は変わり、幕府が為政者として

近代化の礎を強固に築いたこと、最後の将軍慶喜が

いかにして朝廷の信頼を得て諸外国との

条約履行を果たしたか、に注目があつまる。

慶喜と対峙した西郷隆盛は何者だったのか、

二人に焦点を当てながら明治維新を問いなおす。 

​書評: 産経新聞 4/2017

「日本近代史を見直す」を畢生のテーマと定める著者の鈴木荘一氏は、元日本興業銀行の審査マンという肩書をもつ気鋭の歴史家である。


 小学校卒業後に東京を離れ、一時期を福島県会津地方で過ごしていた中学生の著者はある日、級友に「ほら見ろ、あれが小山田だ。戊辰戦争で鶴ヶ城はあそこから新政府軍に大砲を撃ち込まれたんだ」と教えられたという。


 その時の級友の悔しそうな表情が、現在の著者を貫く歴史観の萌芽を促した。すなわち「私たちが知る幕末維新史は勝者に都合よく書かれたもので、敗者の立場がほとんど参酌されていないのではないか」と…。

元銀行審査マンという経歴を生かして膨大な資料と真摯に向き合い、その整合性をとことん追求した結果浮かび上がってきた数々の「知られざる敗者側(幕府方)の事績」に触れるたびにその疑念は確信へと近づき、執筆開始から10年、満を持して放たれたのが本書である。


 薩長を絶対正義とする幕末維新史を書き換えようとする一冊で、その筆致は紙幅を通して熱っぽいが、一方で冷静さ、公平さを失っていない。認めるべきは認め、批判すべきは批判する。よって本書は、直截的な薩長批判本でも偏向的な幕府礼賛本でもない。


 明治維新から150年、維新を幕府側から考え、徳川慶喜を最高のステーツマンと評価する著者の検証の試みは、読者諸兄に驚きと新鮮さを持って迎えられるであろう。

(毎日ワンズ編集長 祖山大)

参考:『開国の真実』2008年の書評

司馬史観を否定する維新史

​   榊原英資の通説を疑え

 明治と言う時代の再評価をしようと資料を探しているときに、
鈴木荘一『勝ち組が消した開国の真実』(かんき出版 1890円)に出合った。


明治を肯定的にとらえ、江戸時代を否定する通説に対しては、渡辺京二などが強い異議申し立てをしているが、本書は明治維新の肯定的評価に対する強い批判である。

 どうも多くの日本人は、司馬遼太郎や浅田次郎などの小説を通じて明治維新をとらえる傾向がある。
『竜馬がゆく』から『坂の上の雲』で展開された司馬遼太郎史観は一つの見方ではあるが、小説家の思い入れが強く、相当バイアスのかかった歴史観である。


鈴木荘一が坂本竜馬を武器密輸商人グラバーのエージェントに過ぎないとしているのは、きわめて説得的である。 結局の所、薩長による倒幕を可能にしたのは殺傷能力の高いミニエー銃やゲベール銃の大量の密輸入だったというのだ。

 

竜馬が作った亀山社中を著者は次のように非難している。

 「わが国最初の商社活動ともてはやされる亀山社中の商売は、混迷する幕末政局のなかで反政府集団に最新鋭武器を売り込み、日本人同士が殺しあう内戦で使用される高性能小銃などの密貿易で高利潤を貪るものだった」 

 

他方、鈴木は終始、開国の立場をとり、現実的外交を進めていった幕閣には同情的である。特に、老中阿部正弘の外交能力については高い評価を与えている。


 客観的に考えてみれば、当時の状況では開国しか道はなかった。世間知らずの若者たちが攘夷、攘夷と騒いで世の中が騒然となったのだが、こうしたナショナリズムの高まりに対して、いつまでも現実派は苦しい戦いを強いられるのが日本という国である。

 鈴木が言うように、日本を内戦・植民地化から救ったのは、木戸や西郷ではなく、公武合体から大政奉還へと恭順・和平路線をとっていった
徳川慶喜だったというのが、おそらく正しいのだろう。

 明治という時代、明治維新の混乱をもう一度冷静に分析して、歴史をとらえ直す必要があるのではないだろうか。

2008年5月13日 「エコノミスト」