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勝ち組が消した開国の真実

 

2016年5月7日(土)  講演ビデオ

主催: 近現代史を学ぶ会

 

 

混乱を深めた幕末期に

欧米諸国と交渉を重ね

天皇の勅許を得て開国に導いたのは

徳川幕府の政治力だった。

さらに、幕府は

日本の100年先を見据えて

近代化の礎を築いた。

 

 

 

 

「日本は何故アジアで唯一植民地にならずに近代化を果たすことができたのですか?」という質問を以前受けたとき「鎖国すべき時に鎖国し、開国すべき時に開国したからです。」と答えた。ここで、もう少し詳らかにしていきたい。

2:28
Ⅰ ナショナリズムVSグローバリズム
座標軸Xを右派と左派、y軸をナショナリズムから下方向にグローバリズムとすると、日本の政党

は右から左までほぼすべてグローバリズム。世界はアメリカのトランプやサンダース候補、EU脱

退を図る英国もナショナリズム傾向にある。
江戸の鎖国はナショナリズムの時代。

10:22
Ⅱ 宗教改革が生み出した大航海時代というグローバリズムと奴隷貿易
11:23 イベリア半島(スペイン・ポルトガル)でイスラム教徒をキリスト教徒が制圧(レコンキスタ 718~1492年)
12:39 エンリケ航海王子はアフリカ西岸探検を支援、大航海時代を開く
14:20 胡椒や綿花だけでなく、アフリカ原住民の奴隷貿易が行われた。
22:23 ポルトガル商人により種子島へ鉄砲伝来
22:51 鉄砲入手の手段としてのキリシタン大名
23:45 織田信長は宣教師をもてなして3000丁の鉄砲を備え、武田騎馬軍団に勝利
24:59 豊臣秀吉は九州征伐のとき、ポルトガル商人の日本人奴隷売買に気づいた
26:28 秀吉の祐筆(書記)大村由巳『九州御動座記』;博多港で日本人奴隷数百人の積み出しを目撃。男女は買い取られて足に鎖をつけて船底へ。
27:30 秀吉は日本人奴隷の奪還交渉を行う。(宣教師フロイスの記録)

29:51
Ⅲ 鎖国とはオランダ・イギリスを相手とする限定的管理貿易だった
30:43 イギリスにも門徒を解放したが、儲からないので 撤退
31:40 スペイン・ポルトガルは侵略性を幕府が問題視して排除
33:05 幕臣になった英国人 三浦安針(ウィリアム・アダムス 250石)、オランダ人 ヤン・ヨーステン(八重洲の語源になった 100石)
36:04 
Ⅳ 鎖国による国風文化の発展
37:17 江戸は100万人の世界最大規模で、水道(上水)を備えたクリーン都市 
38:17 糞尿リサイクル都市
42:42 和算の発達は上水の土木建設、石垣の建造の基礎。武者返しには力学計算。
48:12 暦は安井算哲(渋川春海)が日本に適した大和歴を作成。農業は生産量が増えて豊かに。
50:10 江戸時代に日本が世界から遅れていたのは「軍事」のみ

Ⅴ 近代においては開国せざるを得ない・・・ペリー来日と日米和親条約
アメリカは国土の西方への膨張は「明白な天命(マニフェスト・ディステニィー)」と熱烈に進攻を続け、米墨戦争に勝ってテキサス続いてカリフォルニアを奪取、太平洋岸に到達した。米墨戦争を勝利に導いたアメリカ海軍武断派将官ペリー提督は、1853年浦賀に来航して開国と通商を要求した。

2:15
Ⅵ 徳川幕府の全方位外交―日露・日英・日蘭・日仏和親条約
3:15 対立する両国とも親交する。アメリカVSロシア、イギリスVSロシア
4:02 外交上のバランスとして日露和親条約が重要。

7:08
Ⅶ 日米通商条約に欠けていたもの・・・条約勅許と兵庫開港
8:11 イギリスと清国のアロー号事件
8:56 アメリカ総領事ハリスは、狡猾なイギリスのアロー号事件を引き合いにだしてアメリカと条約を先に結んで基準とすることが得策と説得         
11:20 水戸家を中心とする諸大名が朝廷の勅許取得を主張
11:50 幕府は勅許は形式的な国事行為でで、その判断は幕府がすると考えていた
12:26 老中 堀田正睦が京で朝廷に勅許の交渉
12:45 朝廷の攘夷論により、幕末の動乱が始まる
13:10 アロー号戦争の結末の情勢を見て、幕府井伊大老は条約調印を決断

15:11
Ⅷ 徳川慶喜が条約勅許を得る
15:44 違勅調印の矛盾。国内で批准(確認・同意)されない状態
19:11 条約を認めない長州藩の外国船砲撃 関門海峡で
22:27 下関戦争 四か国(英・仏・蘭・米)艦隊17隻、陸戦隊2,600人。壇ノ浦砲台・前田砲台の破壊と占拠
24:15 下関戦争賠償金三百万ドルを長州藩に要求。藩に支払い能力なし。
27:06 英国公使オールコックは幕府に弁済の肩代わりを要求。受諾。
28:14 幕府は 第一次長州征伐。三家老の切腹で決着。
29:30 高杉晋作の呼びかけで功山寺決起。
30:29 80人の草奔崛起が3,000人に膨れあがり長州藩内の主導権を握る
31:05 高杉晋作らが上海に密航してアメリカ南北戦争の中古小銃などを購入
32:01 長州藩の武装強化に幕府が危機感。第二次長州征伐のため大坂へ。
33:10 幕府は三百万ドルの賠償金を6回分割支払いに。2回目の支払い延期を求める
33:53 英国ラッセル外相からパークス公使に訓令「支払い延期の条件として朝廷から勅許を得させよ」
34:52 京都の朝廷守護を務めていた一橋(徳川)慶喜は大坂城に来て条約勅許を得る交渉にあたることを申し出る。
37:03 慶喜が朝廷から勅許を得て、通商条約を批准。

38:00
Ⅸ 徳川慶喜が兵庫開港を実現
長州藩は高杉晋作や大村益次郎が上海で銃などを大量購入。武器装備をしていた。
39:08 第二次長州征伐の途次、大阪城にて将軍家茂が脚気傷死。亡くなったことが伝わり、小倉側の軍が退去するなど幕府側の敗北となった。
44:09 通商条約に「幕府以外へ武器を売ることを禁止」していた。が、諸外国は条約違反をして長州に大量に供給していた。幕府は止める手段がない。
44:24 日米通商条約に明記されていた兵庫開港を実現すれば諸外国に条約順守を要求できる。
47:29 慶喜の外交識見と実行力。慶応3年3月、大坂城に各国公使を招いて開港を約束。同5月、朝廷で連夜の議論で開国の勅許。
51:31 兵庫開港により諸外国の条約の順守と、反政府勢力への武器供与を阻止。

52:14
Ⅹ 「五箇条の御誓文」は「大政奉還上表文」を継承
53:17 消された真実。明治維新の精神「五箇条の御誓文」は慶喜の「大政奉還上奏文」に上書きしたもの。

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